ファンタジーゾーン

パステルカラーとファンタジー色が秀逸なセガの横シュー

1986年に登場したセガの横シューティングゲーム。

横浜あたりだと五番街だけではなく黄金町、日ノ出町、あとは上大岡の赤い風船にも入ってたと思う。

セガで大ヒットした横シューティングゲームって後にも先にもこれくらいじゃないかな?

ゲームバランスは誰でもクリアできるレベルだったのがウケた理由の1つであることは確かだと思う。同年にダライアスも登場したんだけど、あのゲームも頑張ればクリアできるレベルだった。

マニアックではなく、初心者でもクリアできるレベルだったと思う。

この2つは今でも伝説のように言われる横シューティングだけと同じ年に出てたんだと思うとなんかジーンとする。

音楽も最高にご機嫌だったしね。とくにファンタジーゾーンに関しては音楽、いやイントロを聴くだけで何面か思い出せるほどやりこんだ。

ショップで武器を買ってオパオパをブーストするのも面白いし武器をケチってラス前で残機買いまくって点数稼ぎするのも面白かったな。

クリアするとそこで満足するタイプだったから2週目とか全く興味無かったけど当時、周回してるサラリーマンが赤い玉や黄色い玉をよけてるのを見ると、そろそろプレイできるなっておもったもんだ。

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ファンタジーゾーンの英語エンディング

OPA-OPA (THE PLAYER) HAS NOW DESTROYED THE INVADING ARMY AND RESTORED PEACE TO THE “FANTASY ZONE”.

HOWEVER , HE HAS MIXED EMOTIONS BECAUSE HIS LONG LOST FATHER WAS THE CHIEF OF THE ENEMY FORCES.

ONE BURNING QUESTION THAT WILL REMAIN WITH HIM UNTIL HIS DYING DAYS…

“WAS MY VICTORY REALLY WORTH THE PRICE I HAD TO PAY ?”

THE END

ファンダジーゾーン

OPAOPAが自問自答する英語をGOOGLE先生で翻訳

OPA-OPA(プレイヤー)は、侵略軍を破壊し、「ファンタジーゾーン」への平和を回復しました。

しかし、彼は長い間失われた父が敵の力の首長だったので、彼は混合された感情を持っています。

彼の死ぬ日まで彼と一緒に残るであろう1つの燃える質問…

「私の勝利は本当に私が払わなければならなかった価格の価値がありましたか?」

終わり

心に残る葛藤を分かりやすく翻訳

オパオパ(あなた)は今、侵略軍を打ち破りファンタジーゾーンに平和を取り戻した。

しかし、長いこと会っていなかった父親が敵のボスだったことは彼を複雑な気持ちにさせた。
燃え続ける疑念は彼が死ぬその時まで心に残りつづけるだろう。

「オレの勝利には支払うべき対価があったのだろうか?」

覚えておきたい単語

destroyed:破壊された
restored:戻す、復元する
however;しかしながら
emotion:感情、きもち
chief:チーフ、首長、ボス
forces:フォース、力、部隊
remain:残る、居る
really:そう、全く、マジで
worth:勝ち、値打ち

1986年に流行ったのはあの使い捨てカメラ

ゲームセンターがまだ少し怖いところで一人で行くのをためらっていた時代だったかな。五番街にファンタジーゾーンが入ってた店があったんだけど、交番から奥に抜けた先の薄暗い店。

そこはメダルゲームもあったりしたから年齢層が高くてね、なぜかオレンジジュースを出してたんだよね、もちろん無料だよ。

カジノをすごく意識していたんだと思うし、そのころはスロット専門店も照明を落としてカジノの雰囲気をだしてたお店もあったんだよね。

そこは照明が暗いからあんまり人がいなかったし、なによりモニターがとっても鮮明だったんだ。
人がいないので音が大きく聞こえるからすごく気に入ってたゲーセンの1つだったな。

ちなみに1986年はそれまで高価アイテムだったカメラ業界に激震が走った年でね。

それまでは一眼レフとか横長の特殊なフィルムをつかうカメラしか無かったんだけど、フィルムを入れなくてそのまま写真屋さんに持って行けるカメラが発売されたんだよね。

写ルンです

写ルンですって今でもあるよね。

そしてゲーム業界ではドラゴンクエストが発売されたのもこの年だった。実はパート1ってやっていないんだよね。

ドラクエ2をクリアした後に中古屋で安いカセット買ってきて覚えやすいパスワード入れて遊んだだけ、たしか、

きよはらはやっぱりせかいいちなのだよ

とか、そんな感じだった。そういえば、ビートたけしがフライデ-の記事にキレて軍団つれて講談社にのりこんだのもこの年だったかな。

テレビで報道されてたけど、いまほど厳しくない時代だったしウチの近くでは勝手に写真撮られて災難だねぇって逆にたけしを応援する人が多かったよ。

流行語なんかも時代が豊かになったことで趣味が多様化したんだろうね、世相を表すというよりも個人を対象した言葉が多かった。

◆家庭内離婚
◆プッツン
◆土地ころがし
◆テレクラ

ちなみに究極はおいしんぼが流行らせたんだってね、究極超人あーるが元ネタかと思ってたよ。

それと「定番」も流行語だったんだよね、今は定番ってそれこそ定番の言葉で使うよね。

この年は映画が大当たりで特に洋画が凄かった。小学生だったけど後にゲームになったりして複合的に大ヒットした映画もあった。

グーニーズっていってね、スピルバーグの青春活劇っていうのかな🤨

テーマ曲はほとんどの人が知ってると思うよ、シンディローパーって歌手が歌っててね。

シンディローパーって大の日本通であの大地震の時も飛行機乗って日本来てたんだよね。

地震の後、外資系企業の外国人とか放射能ヤバいって日本から帰るので飛行機のチケットが全く取れなくなったのに、このお方はなんと日本で募金箱もってライブ決行した唯一の外タレだったのよね。

なにより、あの声にドハまりしたよ。グーニーズの時のシンディはホントに美人だしね、今でも素敵だけど。